「言われたことしかやらない」と非難する人もいれば、「言われてないことをやるな」と非難する人もいます。矛盾することのようにも思えますが、実際は極めて微妙なさじ加減と、言われた人に対する評価が、こういった言葉を引き出しているのかもしれません。

どういうことかと言うと、指示を忠実を実行することは間違いなく大切なことです。それが仕事をはじめて間もない頃なら尚更のこと。先輩や上司の指示を理解して、それをキッチリと果たすことは社会人どころか、アルバイトなどでも必要なことでしょう。解剖学者・養老孟司さんは『バカの壁』の中で、「インプットされたものはアウトプットされなければ意味がない。それが文武両道の本来の意味であるはずで、それは知行合一とも重なる」というようなことを書いておられました。学生の勉強なんてものはまさにそのための訓練とも言えるかもしれません。先生から教わる(インプットする)だけでなく、それを駆使して実際に問題を解く(アウトプットする)ことで、初めて「理解」できたと言えるわけですね。

話を最初の話題に戻しましょう。言われたことができるというのは知行合一、文武両道ができているということです。この状態になると、自分自身でもある程度の達成感が出てきます。言われたことがすべてできたということは、一種のゲーミフィケーション的な快楽が伴うもので、先輩や上司から叱責を受けることも(一部の例外を除いて)無くなります。

しかし、そんな喜びもつかの間のこと。時間と共に、先輩や上司から求められることは変化してきます。簡単に言えばハードルが上がっていくということですね。「言われたことができるのは当たり前」になれば、特に褒められることもなくなるのは言わずもがなで、その次に求められるのは「言われなくてもできること」になっていきます。これは難しいですよね。自分で考え、推測して動かなくてはいけないわけですから。間違えばもちろん叱責を受けますし、そこで悪循環に嵌(はま)ってしまえばミスの恐怖心でがんじがらめの状況に陥ってしまう危険性もあります。

そこが、大きなターニングポイントです。もちろん仕事ですから、ミスをしてしまうことは良くありません。周囲の人間に迷惑を掛けることにもなりますし、仕事によってはお客さんにも迷惑が及んでしまう場合だってあります。だからこそミスは最小限に抑える必要があるのですが、一方ではミスを経ることでしか得られない経験や成長の糧があるのも事実です。大切なのは、同じミスを繰り返さないこと。ミスも含めて知行合一の「知」の部分に集約され、そこから導き出される新しい「行」にきちんと結びつけることができれば、結果として何も問題はないでしょう。

もちろんミスは奨励されるべきものではありませんが、挑戦した上でのミスというのは必ず人に何らかの影響を及ぼします。もちろん、誰もがポジティブシンキングで前向きに捉えることができるとは思いませんし、ひとつのミスに落ち込んでしまうこともあるでしょう。しかし、そういう人にこそ必要なのが、そのミスをきちんと分析して次に繋げる考え方のはずです。ポジティブシンキングの持ち主はその辺りを自然体でできていることが多いので改めて考える必要がないのかもしれませんが、そういう人の場合はむしろ「前向き過ぎて冷静に足下を確認できていない」危険性を認識したほうが良い場合があります。

最後に種明かしをしますが、最初に書いたふたつの非難をする先輩や上司の心の中には、それぞれ「(もう自分の推測で動き始めていいレベルなのに)言われたことしかやらない」「(まだ自分の推測で動けるレベルにはないのだから)言われてないことをやるな」という言葉が隠れているのではないでしょうか。