新聞や雑誌などといった紙媒体メディアが苦しんでいるという話はもう目新しい話題でもありません。私自身、実家暮らしなので新聞こそありますが、そこまで読み込むということはしていないというのが正直な所です。最新のニュースはネットの方が早いですし、今は新聞社もネットでニュースを掲載していますから、そちらの方が便利だというのが私に限らず、多くの人の感想かと思います。

では、紙媒体の役割は失われてしまったのかと言うと、決してそうとも言いきれません。ネットが速効性に長けた媒体であるとすれば、言わば遅効性のメディアとしてその特性を活かすことになるでしょう。今は何でもかんでもスマートだ効率だという方向へ流れつつありますが、じっくりと腰を据えて情報と向き合う姿勢は、私たちが絶対に失ってはいけないものだと思います。消費物としての読書に関しては速読のような手法もニーズがあるかもしれませんが、読書好きの私からすれば、速読というのは、そもそも本や雑誌を読むという行為に反するものではないかと思っていたりもします。

新聞を読むのは、話のネタを仕入れるようなものだと言われることがあります。「新聞を読んでいる」というのは、かつてであれば一つのステータス、あるいは「社会人なら当たり前」と言われるようなことだったでしょう。しかし先にも書いた通り、今はネットニュースの方が圧倒的なリアルタイム性があり、「新聞を読む」という行為そのものよりも、「情報を持っている」ということに重点が置かれていることが明らかになっています。

読書というのは、決して小説や人文書のような分厚い本を読むことだけではなく、雑誌を読むことにも当てはまります。雑誌の大半は、今でもリアルタイム性でウェブメディアに張り合おうとしている感じもありますが、本当に求められているのはより洗練された独自性の強い企画力・編集力ではないかと私は思います。一見オシャレな表紙の雑誌でも、実は使い回し、焼き直しの企画に頼ってしまっていることもあって、非常に書店で見ていて残念な気持ちになることもあるのですが、個人的に今読むならコレ!という雑誌を2つ、紹介したいと思います。

まずは、『COURRiER JAPON(クーリエ・ジャポン)』です。これは創刊時の2005年から個人的に書店で発見して注目していた雑誌なのですが、ワンテーマを掲げて、それに関する世界各国のメディアの報じ方を紹介するという、極めて珍しいコンテンツ編成を行っています。クーリエ・ジャポンの「複眼的な視点」というコンセプトは、初めてクーリエを読んだ時から、私自身の物事の考え方にも影響を与え続けています。

もうひとつは、『WIRED(ワイヤード)』です。これはまだ創刊してからそんなに経っていないのですが、カルチャーや先端テクノロジーに興味がある人だけでなく、ビジネスマンにも興味を持って読んでもらえるのではないかと思います。国内よりも海外関連の記事が多いですが、複眼的な視点をより磨いていくためにも、流行に流されず独自の特集記事を積極的に掲載している本誌は非常に刺激的です。

雑誌の良さは、新聞のように日替わりで新しくなっていくほどスピード感がなく、かといって小説や人文書ほど集中して読み込むことを読者に求めない点にあると思います。ほどよいスピード感を持ちつつも、独自の記事でテレビや新聞にはない話題をもたらしてくれる、淘汰が進む出版業界の中において、これから本物だけが生き残っていくであろう、非常に面白い存在なのです。